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山口組極心連合会橋本弘文会長の経歴やプロフィール画像! [時事]

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山口組 極心連合会 橋本弘文会長 経歴 プロフ





山口組の最高幹部の一人でもある
極心連合会の橋下会長が離脱するとの
情報が発表。


これは、すごいことですよ。

山口組の分裂劇で、神戸山口組を
起ち上げたメンバーに行くのでしょうね。

元々、神戸山口組に行かなかったこと自体、
事情通にしてみれば不思議だったはず。

6代目山口組では、
分裂後総本部長という肩書でおそらく、
自身の人事に関しては不満はなかったと
推測されますが、他の人間の人事に
不満があったと思われます。

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山口組は元々関西で発祥してますからね。

現在の6代目の司忍組長の出身でもある
東海名古屋の色とは合わないのでしょう。

それでは、橋本会長の経歴

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極心連合会

橋本弘文会長 姜弘文
昭和22年1月8日生まれ
平成17年4月直系昇格
大阪南ブロック

昭和22年1月8日生まれの68歳。
若くして渡世の道に入り、一時は独立組織
として活躍したが、昭和51年に山本健一組長
率いる初代山健組に加入。
渡辺芳則組長の二代目山健組では若頭補佐
に抜擢され、更に若頭代行となり、当時
から直参並みの実力者と言われた。
平成元年、渡辺五代目体制が発足すると
三代目山健組を桑田兼吉組長が継承し、
橋本会長は若頭に就任した。
平成9年の「宅見事件」を受けて開始された
当局の頂上作戦で桑田組長が逮捕されると、
その不在中を一糸乱れぬ統率でまとめたとして
伝説に残っている。

平成15年に桑田組長の有罪が確定すると、
三代目山健組組長代行に就任。

平成17年4月、高山若頭らとともに、
直参に昇格し、6月には若頭補佐に就任。
6代目体制でも引き続き、若頭補佐を
務めていたが、司6代目が復帰したあとの、
平成24年4月、新たに設けられた
統括委員長に就任。
高山若頭が社会不在を余儀なくされてからは、
事実上の若頭代行として活躍していた。


そして、今年の分裂劇を受けて、
今まで本部長だった入江禎組長の離脱に
より、そのポストに就任。

現在に至っていたようですね。


橋本会長は、島田紳助氏とも交流があり、
きっと今でも付き合いはあるのでしょう。

元プロボクサーの渡辺二郎氏が所属して
いたのもこの極心連合会の中にある
極闘会の相談役でしたね。

渡辺二郎氏は一連の羽賀賢治事件に
関与していたことで有名ですね。

新しく先日指定暴力団にも指定された
神戸山口組には、山健組の井上組長も
居て、もともと山健組出身の橋下氏は
神戸山口組に移籍するのでしょう。

その方がやっぱりしっくりきますからね。

新しく発足した神戸山口組には、
井上親分をはじめ、宅見組の入江組長など、
昔からの関西勢が多数在籍しますからね。

ただ、実際のところはどうなんでしょう。

神戸山口組に移籍するのか、しないのか、、
半分半分といったところではないでしょうか。

引退??ないですね。それは。

今年起きた激闘の分裂劇では、
本家山口組を裏切ったとか、任侠の世界には
盃返しなどありえない!!と言われていますが、
元々の自分の育った系列に戻っただけですからね。

子は親を選べないとは言いますが、
もうそのような事を言っていられないほど、
大変な状況なのでしょう。



ここまで、山口組の重鎮とも言われていた
人物がこぞって離脱するともなると、
任侠とかの義理人情とは別の問題が
6代目体制に存在するのでしょう。

だって、誰よりも任侠道を重んじる幹部が
このような普通では考えられない行動に
出るんですからね。

幹部も自殺したり、殺されたり、、、

ただ一つだけはっきりしていることは、
司忍6代目は失敗だったという事ですね。


間違いないく、6代目の山口組は
事実上崩壊していますね。

社会不在を余儀なくされている
高山若頭は獄中で何を思っているのでしょう?


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